生態系に配慮した砂防ダム小水力発電:既存インフラ活用と合意形成の成功事例
はじめに
治水や土砂災害対策のために設置されている砂防ダムは、全国各地に数多く存在します。これらの既存インフラを活用した小水力発電は、新たな開発に伴う生態系への影響を抑えつつ、地域の再生可能エネルギー源として期待されています。しかし、流水を利用する特性から、河川生態系への配慮や、水の利用者、地域住民との繊細な調整が不可欠です。
本記事では、生態系保全と地域との連携を両立しながら成功した砂防ダム小水力発電の事例を取り上げ、その具体的な取り組み、合意形成プロセス、成功要因、そして地方自治体における政策立案への示唆を解説します。
事例概要
本事例は、日本のとある山間部を流れる河川に設置された既存の砂防ダムを活用した小水力発電プロジェクトです。事業主体は地元自治体と地域企業が出資する第三セクターであり、地域主導型の事業として推進されました。導入されたのは、ダムの既設の取水・放流設備の一部を活用し、小さな水路から取水して水車を回す方式の小水力発電設備で、出力規模は数十キロワット程度です。プロジェクトの目的は、再生可能エネルギーによる地域内消費電力の賄い、地球温暖化対策への貢献、そして収益の一部を地域の活性化や環境保全活動に還元することに置かれました。
生態系配慮への取り組み
砂防ダムを活用した発電では、治水機能の維持が大前提であるとともに、河川の連続性や流水環境が生物に与える影響への配慮が極めて重要です。本事例では、以下の具体的な取り組みが講じられました。
- 維持流量の確保: 発電に利用する水量と、河川本来の生態系を維持するために必要な維持流量のバランスを慎重に検討しました。専門家による河川の生態調査に基づき、最小限必要な流量を下回らないように取水量を厳格に管理するシステムを導入しました。
- 魚類等への配慮: 砂防ダム自体は河川の連続性を分断しますが、発電設備の取水箇所や放水口において、魚類が誤って設備に流入したり、移動を阻害されたりしないよう、魚道を兼ねたスクリーン設置や、魚類が遡上・降下しやすい構造の検討が行われました。また、流速の変化が魚類の生息に与える影響を最小限にする設計が採用されました。
- 濁水対策: 建設工事やその後のメンテナンスにおいて、河川への濁水の流出を防ぐため、沈砂池や濁水処理設備を設置し、水質汚濁防止に徹底的に配慮しました。
- 景観・植生保全: 砂防ダム周辺は地域住民にとって馴染み深い景観の一部であるため、発電設備や関連施設の設置場所は景観への影響が少ないよう慎重に選定され、既存の植生を可能な限り保全する計画としました。
- 継続的なモニタリング: 事業開始後も、定期的に河川の水質、水量、底生生物、魚類の生息状況などをモニタリングし、予期せぬ生態系への影響が確認された場合には、迅速に対応できる体制を構築しました。
地域との関わりと合意形成プロセス
砂防ダムは治水施設であり、また河川の水利用には多様な主体が関わっています。そのため、地域との合意形成はプロジェクト成功の鍵となりました。
- 関係者への早期からの情報提供: プロジェクト計画の初期段階から、地元住民、漁業協同組合、農業協同組合、水利組合、自治体、砂防ダム管理者など、関係者全員を対象とした説明会や意見交換会を繰り返し開催しました。
- 懸念事項への真摯な対応: 住民からは、発電による治水機能への影響、河川流量の変化、景観への影響、騒音など、様々な懸念が出されました。事業主体はこれらの懸念に対し、専門家による詳細な説明、シミュレーション結果の提示、現場見学会などを通じて、科学的根拠に基づいた丁寧な説明を行いました。
- 生態系配慮への取り組みの説明: 特に、生態系への具体的な配慮策(維持流量の確保、魚道設置の工夫など)については、その重要性を強調し、河川環境の保全に真剣に取り組む姿勢を示すことで、環境団体や河川利用者の理解を得る上で大きな助けとなりました。
- 地域へのメリットの提示: 発電収益の一部還元、地域の雇用創出、エネルギーの地産地消といった、プロジェクトが地域にもたらす具体的なメリットを明確に提示しました。
- 共同での取り組み: 河川環境のモニタリングに地元住民やNPOが協力する仕組みを作るなど、事業への「参加」を促すことで、事業への関心を高め、主体的な参画意識を醸成しました。
合意形成プロセスでは、特に水利権者との調整や、治水・利水・環境という複数の目的を持つ河川におけるバランスの取り方が課題となりましたが、関係者間の対話を重ね、互いの立場を理解し合う努力によって、最終的に円滑な合意形成に至ることができました。生態系配慮に徹底的に取り組む姿勢が、事業の信頼性を高め、合意形成を後押しした重要な要因の一つでした。
成功要因と成果
本事例が成功した主な要因は以下の点が挙げられます。
- 既存インフラの有効活用: 既存の砂防ダムを利用したことで、新たな大規模な土木工事が不要となり、初期投資を抑えつつ、環境負荷も低減できました。
- 徹底した生態系配慮と情報公開: 河川生態系への影響を最小限にするための具体的な技術的・運用上の工夫と、その情報を関係者に対して透明性高く公開したことが、事業への信頼を獲得しました。
- 地域主導と多主体連携: 地元自治体や地域企業が主体となり、住民、漁協、農協、ダム管理者など多様な関係者と密接に連携し、地域全体の合意形成を図ったことが事業推進の強力な力となりました。
得られた成果としては、以下の点が挙げられます。
- 環境面: 年間数世帯分の電力消費に相当する再生可能エネルギーを地域内で生み出し、CO2排出量の削減に貢献しました。また、維持流量の確保やモニタリングにより、河川生態系への悪影響が抑制・回避されました。
- 経済面: 発電による収益は、事業主体の第三セクターを通じて地域内に還元され、地域の環境保全活動や活性化事業の資金源となっています。建設・運営段階で地元の設備業者や雇用も生まれました。
- 社会面: 地域住民は、自分たちの身近な砂防ダムがエネルギーを生み出し、地域に貢献していることを実感し、再生可能エネルギーへの理解と関心が高まりました。合意形成プロセスを通じて、地域内のコミュニケーションも活性化されました。治水機能と発電が両立できていることへの安心感も生まれました。
考察:政策立案への示唆
この砂防ダム小水力発電の事例は、地方自治体の環境エネルギー担当課長にとって、以下の重要な示唆を与えます。
- 既存インフラのポテンシャル: 砂防ダムに限らず、農業用水路、上下水道施設、遊休施設など、地域内に存在する既存インフラには、新たな環境負荷をかけずにエネルギーを生み出す潜在的な可能性があることを示しています。まずは地域内の既存施設を棚卸し、エネルギー開発の可能性を検討することが有効です。
- 小規模・分散型エネルギーの価値: 大規模開発が難しい地域でも、小規模な再生可能エネルギー開発は実現可能であり、地域のエネルギー自給率向上や防災性強化に貢献できます。地域の特性に応じた小規模分散型エネルギーの導入を検討すべきです。
- 生態系配慮は事業成功の鍵: 技術的な側面だけでなく、生態系への徹底した配慮とその姿勢を示すことが、地域住民や関係者からの信頼を得て、円滑な合意形成を進める上で不可欠です。環境アセスメントのプロセスを単なる手続きと捉えず、地域との対話の機会として積極的に活用することが重要です。
- 多主体連携による地域共生: 砂防ダムのような公共性の高い施設や、水のように多様な利用者が存在する資源を活用する際には、自治体が調整役となり、様々な関係者の意見を丁寧に聞き取り、共通理解を醸成することが成功の基盤となります。地域に根差した事業主体(第三セクターなど)の設立も有効な選択肢となり得ます。
まとめ
砂防ダムを活用した小水力発電は、既存インフラを有効活用し、新たな環境負荷を抑えながら再生可能エネルギーを生み出す優れたアプローチです。本事例からは、徹底した生態系配慮、関係者への丁寧な説明と対話による合意形成、そして地域主導による事業推進が、困難を乗り越え、環境、経済、社会の三側面で肯定的な成果を生む鍵となることが示されました。
このような成功事例は、地方自治体が地域の自然エネルギー開発を推進する上で、生態系保全と地域共生の重要性を改めて認識し、具体的な政策や事業計画に活かすための貴重な参考となるでしょう。